カンバス:戦略から戦術へ

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UXデザインビジネスUX戦略と采配、課題の共有

UX Designer - 2020 - Three Philosophers

皆さんは事業戦略とどのように向かい合っているだろうか。まずロードマップを立て、中長期的に、さらには部署横断的に施策を打ち出ていくのが本来のあり方だが、いざキックオフミーティングなどに参加してみると、具体的な考えが固まっていないマネージャーさんも多く、情報の不足が目についてしまうことが多い。
個人的見解としては、キックオフ後、(人材、戦略にもよるが)おおむね8ヶ月目を越えたあたりで大きく差が開き始めるのを何度も見て来ている(というか、そのあたりをしきい値としている)。時に単発的な戦術が局地的に効果をあげることもあるだろうが、事業というものはしっかりとしたフレームワーク、戦略がないことには成功しないし、もっと言ってしまえば、ある程度の大局観をもったリーダーの存在も不可欠だ。

筆者はデザイナーでありながら、UXの観点などから比較的事業のディープなところも評価し、ある程度の領域を「リード」する立場なので、読みやすいドキュメントを用意するなりして「ファシリテイト」しているのだが、今回は、UXデザインの戦略と戦術のバランスの観点から、理想的なコミュニケーションのあり方や課題の立て方、実際の細かなフローについて詳しく語ってみたい。

カンバス

施策を取りまとめる事業責任者やプロジェクトマネージャーは、分かりやすいフォーマットで、事業戦略の概要とそれにアプローチする方法や各部署の役割を明瞭にすることが求められる。キックオフ時にビジョンを明確に伝えないと、次の1週間ですらコミュニケーションが滞ってしまうだろう。

戦略カンバス

上図はUXデザイナーとしてのものだが、フォーマットに特に決まりはない。「我々の部署はこんな感じの領域をカバーしながらKGIに向かって進んでいきますよ」ということがダイレクトに伝われば良い。

カンバスというと、ジェフ・パットンのOpportunity Canvas(外部リンク)が有名だが、チーム内の理解を考えると、あのcanvasのように1ページに濃密にまとめてしまうのはファシリテイトのための媒体としては少しばかり具合がよろしくないので、(1)まず事業の概略を(数枚からなる)1冊のドキュメントで表現し、(2)もう一つは上図のようなカンバス方式で、カバー領域を視覚化しよう。

事業内容にもよるが、たいていは様々な部署を設け、ソリューションもある程度細分化されている筈だから、こういったドキュメントはRedmineのチケットページではなく、常に目につく位置に貼り付けておこう。第2クォーターをすぎたあたりからカバーされる領域があらかじめ記述されていれば、その時になって「あ、すごい」となる。細かく見ていくと「モニタリングとマッピングの箇所がだぶってませんか」的なツッコミもあるだろうが、フレームワークの構成要素として強調しておきたいところは、さらりと盛り込んでおこう。

戦略フローと課題の粒度

アプリのUXデザインと同様、プレゼンでは何らかの対象と比較をすると分かりやすい。ここでは実際にキックオフ時に用いた資料をもとに、よくあるパターンの課題解決のあり方とUX手法の違いを見てみよう。

戦略フロー

課題の粒度

まず皆さんがよく知っている通常のフローだ。「これこそ最強!」とも言えるが、このシンプルなフローが効果をあげるのはよほどのスーパースキルの人材でのみ構成された場合のみだろう。通例は、各部署、各スタッフが思うがままに意見を述べ、それらを一種の定性データとして蓄積していくが、当然のことながら課題の粒度がバラバラなので計画性や参照性に欠けてしまうケースがほとんどだ。

また、フレームワークがしっかりとしていない現場では、共有資産であるドキュメント群も見難く、そもそも存在していなかったり、エクセルのシートに貼り付けてあるだけといったケースが多い。中高生がよくやる目安箱のような稚拙さはビジネスの場にはふさわしくないのだ。UXデザインの世界には、次に示すような効果的なアプローチがある。

UX手法:カスタマージャーニーマップ

戦略フロー

UXデザインフローと課題の粒度

近年、UXデザインの際の一つの着眼点であるカスタマージャーニーに基本軸を置いた場合は、フォーカスする範囲が広くなる。モニタリングの精度(どこまでやるか)に関してはここでは割愛するが、蓄積された定性・定量データを用いてユーザータイプをいくつかに分類・特定し、ユーザーエクスペリエンスを可視化していく。大切なのはマッピングし共有することだ(CJM:カスタマージャーニーマップ)。壁に貼り付けられたカレンダーのように、各タッチポイントが鮮明になったら、さらに深掘りした方が良い点をピックアップし、最終的には(モニタリングとの兼ね合いにもなるが)ユーザーインタビューなどで仮説に裏付けを行いバックログ化する。

ここに示したUXデザイン独自の戦略フローでは、比較的大きめに課題が砕かれていくが、各部署の意見や希望に加えて、権限のあり方や具体的な連携方法といった、キックオフ時には未知だった領域をクリアにすることで、効果的な施策を立案する道すじが開かれていく。

ユーザー行動分析パターン:USM

UXデザインの独自の手法ではさらに緻密に課題を砕いていく。

UXデザインフローと課題の粒度その2

課題の粒度

CJMからさらに進んでフローを盤石にするには、ユーザーストーリーマッピングを用いて、さらにスコープを絞っていく(課題を細分化していく)。詳細に数多くのタッチポイントを追加していくため、全体的に各フローの工数も上がるが、得られる成果も大きい。もっともモニタリングの部分(データとの向き合い方)も大きく関わってくるため、現場によりフレームの組み方も大なり小なり変わってくるから、コミュニケーションのあり方を含め、イテレーションプランニングやアジャイル工程の細かなチューニングは必要だ。

こうして並べてみると、既存の手法(よくあるパターン)の稚拙さと、現代的なUXデザインにおける手法の堅実さのコントラストがよく分かる筈だ。このように自分の事業へのアプローチ方法はキックオフ時などで明瞭にすることが大切だし、それこそはっきりと先が見通せるようになればステークホルダーたちからも「わくわくしますね!」というような声が聞かれることだろう。(もちろん、このほか、デザインスプリントやユーザー参加型のHCD的ソリューションなどフレームワークの形成手段は様々だが、ほとんどの企業は欧米からの逆輸入で、何もわからずに導入しているケースも多々見受けられるので、(例えば頭でっかちにHCDを導入している現場では)「今この局面でユーザーに聞いてどうする!?」とガツンと言ってあげることも優しさの一つとなる。本当に笑っちゃうような現場は多い。)

戦略家としての立ち振る舞い

時と場合によっては、ヒューリスティックのみに頼ることもあるだろうが、経験不足の人はほんの少ないステップかつ一方通行のディレクションすら出来ないことが多い。現場によっては、要求は無駄に多いが内容がとんちんかんタイプのステークホルダーが加わってくることもあるので、舵取りは慎重に行う必要がある。三国志などの歴史小説には、名軍師と暗愚な君主、家臣とのやり取りが数多く記述されているが、そういった歴史は現代のビジネスにおいても繰り返されている。ある程度は理想と現実のギャップも覚悟しておこう。(参考:プロダクトデザインと組織論)

戦略家には孤独な時がある。たいてい始めはあなたの凄さなど誰も認知していない。私たちの部署、私という専門家はこのような流れで課題解決に臨みますよということを分かりやすく伝達出来なければ、周りがあなたを見る目は変わらないだろう。UXデザインの場合は、その手法の精緻な部分を堂々とアピールしていこう。

余談になるが、三国志ではライバル関係にあった蜀も魏も軍師が後を継ぐか、その家系が後に天下統一をした。やはり具体的な戦略と戦術があってこそ版図(事業)が拡大していくのだ。

メリハリをつけ、組織と製品を結ぶ

最後にもう一度カンバスを見てみると、数々のUX手法とは趣を異にするマーケティング支援(カスタマーサクセスやセールス)という項が加えられていることに気が付くだろうか。「こういった領域までカバーが必要だということをあらかじめ意識することで、チームビルディングはより強固なものとなる」ということはお伝えしたが、ビジネスの場においては優秀な戦略家は全体像を見ることに加え、境界線をしっかりと設けることも求められてくる。現場ではいわゆる何でも屋になってしまう人もいるが、自分が包括している戦略外に出ると仕事のバランスが悪くなるし、(言葉がすこし強くなるが)威厳や尊厳を保つためにも、全て求められるままに戦略・戦術を授けるやり方は避けたほうが良い。その分というか、本来の我々の仕事は、皆が想像でき得ない一段も二段も上の製品仕様を(モックなりで)提示することなのだ。

UXデザイン(経営)は、多くの人が意識・認識出来ずにいる理想的な組織のあり方を創造する。優しい言葉で、実際的なモックなども見せながら、戦略と部署の関わりを伝えたり、1Qの半分くらいのスケジュールでステークホルダー間の合意形成を促す時もある。UXデザインはコミュニケーションの商売でもあるし、必要なものを揃え提示した際に「あっこれは確かに組織と製品を結んでいるし、レベルが高い」と皆が感じれば感嘆の声が上がる。(個人的には)今となってはそのやりとりが快感にすらなってきているところだし、(誰にとっても)組織全体の成長に寄与しているという充実感は、キャリアをさらに前へ推し進めようとする大きなモチベーションとなる筈だ。