Critique - 2020 -
時代と共に、世の様々なビジネスモデルも大きく変化する。特に最近はサブスクというマンスリーで課金していくタイプが主流で、音楽も数百円で聴き放題になった。お店のラックに50音順に並べられたレコードからお目当ての一枚をピックアップするワクワク感は無くなったが、タブレットで再生するときはジャケットとにらめっこ状態になるので、最近はアルバムアートの素晴らしさを再認識している。
生没年 | 1944/2/28(英国)~2013/4/18 |
代表作 | Pink Floydのアルバムほか |
特徴 | 風景、シュールさ、アルバムジャケット |
The Dark side of the moon / Pink Floyd - 1973 -
今回紹介するストーム・ソーガソンはプログレッシブロックの大御所ピンクフロイドのアルバムジャケットで有名だ。写真の「The Dark Side of the Moon(邦題:狂気)」は全世界で4000万枚以上を売り上げたヒット作で、当時Hipgnosis(ヒプノシス)というデザイングループを率いて、数々のジャケットを手掛けていたソーガソンの名声をいっそう高めることになった。
そもそもレコードは、生活資金の一部を投入して購入するのだから、そのジャケットはそれなりにカッコよくなくてはならなかった。高揚しながら帰路につき、針を落とすまでの一連の体験のピークはジャケットとの無言の会話にあるわけだし、場合によっては生涯の付き合いになるのだ。
Atom Heart Mother / Pink Floyd -
ソーガソンはイギリスのケンブリッジシャーを構成する地区の一つフェンランドでしばしば撮影を行っている。フェンランドはだだっぴろい平野が続き、そのほとんどが農業用に使われているそうで、ピンクフロイドの名盤「Atom Heart Mother」のジャケットも印象深く有名な作品だ。
ドナルド・ジャッドのページでも書いたが、風景・土地はアーティストの作風に大きな影響を及ぼす。それが青年期の経験ならなおさらだ。
Water Guitar / The Steve Miller Band -
ソーガソンはケンブリッジの高校ではピンクフロイドのメンバーであるシド・バレットと同級生であったが、この土地に彼らのアーティスティックな感性を決定づける何かがあったのだろう。
The Division Bell / Pink Floyd -
ケンブリッジの各所で撮影が行われたピンクフロイドの名曲「High Hopes」のビデオクリップは、フロントマンである(同じケンブリッジ出身の ) デビッド・ギルモアが奏でるスティールギターの抒情的な音色と、ソーガソンの独特の世界観が重なり、見る者を新たな次元の感動へと導く。その歌詞中にも「地平線」や「緑」といった言葉が度々登場するが、それらはピンクフロイドとソーガソンを貫く共通のコンセプトの一つだった。
Wish You Were Here / Pink Floyd - 1975 -
ひとたびホームグラウンド(土地:ケンブリッジシャー)を離れても、ソーガソンの才能は揺るがなかった。ヒプノシスの構成員だったジョージ・ハーディの存在も大きかったが、数々の記憶に残るジャケットアートを手掛けている。
The Son of Man - 1964 -
ソーガソンのシュールな作風はマグリットやダリの世界観に例えられるが、ダリのレベルまでひん曲がってはいないし、メタファー(暗示・象徴的)という点ではジョルジョ・デ・キリコなども頭をよぎる。
マグリットやキリコに共通するのは日常的なモノから響いてくる強烈なメッセージだ。キリコはカンバス上に大胆に配置したゴム手袋「作品:愛の歌」で、ふてぶてしくも暗喩表現の新境地を開いたわけだし、マグリットも新しい言語を開発するように、空間とモノを利用して様々なメッセージを発していった。
Echoes / Pink Floyd -
キリコやマグリットの作品は感覚を越えた形而上の芸術とも言われるが、ソーガソンの作品も魅せるアイディアが豊富だ。なんでもアートの道に入ったのは母親を介してマグリットを知ったことがキッカケだったらしく、特に好きだったのはマグリットがテクニックに頼らない点と、自分を楽しい気分にさせてくれる点だったそうだ。
MoMA |
ソーガソンはTATEとのインタビューで「intentional ambiguity(意図した曖昧さ)」という言葉を用いていたが、キリコのゴム手袋やマグリットのりんごなどはまさにそういった類の物だろうし、メタファーというより画家自身の「遊び」の要素も強かったのだろう。見る者に日常と非日常の世界を行ったり来たりしてもらうことはもちろんだが、アーティスト自らが楽しみながら作中をトリップしていたのかもしれない。
Absolution / Muse - 2003 -
このジャケットもマグリットの「Golconda」という作品にインスパイアされたそうだが、ソーガソンはより現代的な表現者だ。音楽と映像をマッチングさせることにおいてとても優れたアーティストだった。
アルバムジャケットと言えば「名盤に名ジャケあり」という感じで、ギーガーの「Brain Salad Surgery」や、ロジャー・ディーンによるYESやASIAのジャケットも有名だった。それこそ生活資金の一部を投入した青年たちの興奮をマックスまで高めてくれたのではないだろうか。
ソーガソンの成功もデビッド・ギルモアをはじめとしたミュージシャンたちの才能による部分も大きかったが、両者の才能が見事にマッチングした好例だろう。あらためてバックグラウンドを辿ってみるとケンブリッジシャーを旅してみたくなったほどだ。
蛇足かもしれないが、UXデザイナーである私にとって、まったく興味のなかった土地に行きたくなるといったパーセプションチェンジや、アルバム購入時のアハ・モーメント(感動)などは最も大切にしたい要素だ。もちろん素晴らしい音楽ありきの話だが、スマートフォンによる視聴体験や、アナログ的な手法で音楽を届けるアイディアなども再考の余地があるのではとも感じた。やはり素晴らしい作品はインスピレーションをあたえてくれるようだ。ピンクフロイドやソーガソンに心からありがとうと言いたい。