Behavioral Economics - 2019 -
ナッジ(nudge)とは英語で「(注意を引くために)そっと突く」「やさしく説得する」という意味で、行動経済学でノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラー氏が提唱しました。
行動経済学はIT業界などでもかなり認知されるようになりましたので、
すでにデフォルト効果などの心理的傾向と組み合わせながら、ユーザーを目的の行動へと促す手段として採用されているケースも少なくないと思いますが、ここでは今一度、主唱者であるリチャード・セイラーさんご自身の考えと照らし合わせながら、本来の「ナッジ」について考えてみましょう。
ナッジはマイクロインタラクションのトリガーやフィードバックにも通じるところがあります。例えば、プラン選択時に、他プランとの比較が明示されれば、自分が下そうとしている決定が正しいかの判断材料になりますし、ボタンの下に気の利いたメッセージが表示されれば、キャンセルも簡単だから購入しようという後押しにもなります。
決済後などに分かりやすくキャンセルページを明示し、(後述するような)少ない手順でオプトアウトを可能にすれば、後者のメッセージはユーザーの行動を良い方向に導くナッジになり得ますが、フィッシング詐欺の横行などからも分かるように、世間に存在するのは必ずしも善なる「ナッジ(Nudge)」だけではないようです。
ニューヨーク・タイムズ誌のコラムによると、リチャード・セイラー氏はナッジの条件として以下の3つを挙げています。
セイラー氏によると、これらの項目を政府などは気まじめに遵守しようとしますが、民間には困った状況を作り出す(for badな)ナッジもあるようです。
コラムによると、(ご自身が書いた論文の)書評が気になったセイラー氏が、とあるオンライン記事を読もうとしたところ、1記事を読むのに100ポンドもかかってしまうような誘導があったそうです。金額自体はアクセス者の年齢や状況を加味して、セイラー氏が試算したものですが、ポイントとしては以下になります。
一番目の「キャンセルしなければ有料購読者になってしまう」ことには、小さな注意書きも見たし、1記事読むつもりだったから「特に問題はない」と思っていたそうですが、2,3番目の規約に不親切さを感じたようで、
「うっかり屋の自分には、下手をすれば1記事読むだけのために、先ほどの金額を支払うことになるところだった」と語っていました。
ややこしいトライアル期間を設けているサービスは無数に存在しますので、注意が必要ですね。
少し話は飛びますが、(CAさんやらを含めて)JALの機長さんと「自分の職務上で改善してもらいたい点」についてディスカッションしたことがあるのですが、(機長さんからは)フライト中のことなどの重要な局面に関することではなく、「交通費の請求フォームが面倒だよね」という意見が出ました。
意外にも小さなインタラクションについての不満だったので、思わず笑ってしまいましたが、地位や職種に関わらず、オンラインビジネスであれ社内のツールであれ、不安やわずらわしさは誰しもが感じることなので、透明性のないフローは避けるべきものです。
セイラー氏はこのような経験から、キャス・サンスティーン氏との共著となった書籍にサインを求められた際は、決まって「Nudge for good(良きナッジを!)」と書いたそうです。
小手先のメールやフォームテクニックで利益を上げることは、提唱者ご自身が戒めていることからも、本当の「ナッジ」ではありません。Nudgeされた人が、されなかった時と比べて幸せになることが真の「ナッジ」の条件ではないでしょうか。
UIUXデザイナーはトリガーやフィードバックに分かりやすいナッジを組み込むなどしながら、ユーザーエクスペリエンスを改善していくことも求められてきます。アフターケアならぬ「After Nudge」には十分留意していきたいところです。