メンタル・アカウンティング

行動経済学プロダクトグロースメンタル・アカウンティング

Behavioral Economics - 2025 - Three Philosophers

このページではメンタル・アカウンティングと呼ばれる、消費時や貯蓄時に「人はお金についてどのように考えるか」について、行動経済学(心理学)の視点からまとめています。

近年プロダクトグロースの現場で感じたのは、本ページで紹介するユーザーの効用(Utility)の見極めが、グロースの現場で必要とされる抽象化思考(課題を抽象的に捉え全社的最適を行うこと)においてとても重要になってくるという点です。

世の中を理解するためのレンズ

行動経済学者のリチャード・セイラーがエイモス・トヴェルスキー、ダニエル・カーネマンと過ごしたカリフォルニアでの1年のあと、セイラーは消費者の選択行動を、カーネマンとトヴェルスキーはプロスペクト理論の追跡研究を進めたのですが、本ページにて紹介するメンタル・アカウンティングが両者共通のトピックとして存在していました。

セイラー氏自身は当初、サイコロジカル・アカウンティングと呼んでいたのですが、カーネマンとトヴェルスキー両氏がメンタル・アカウンティングに呼び方を変え、セイラー氏もそれに従ったとのことです。

消費者の主観的な満足度の2極化

経済学では、消費者が財やサービスを消費することによって得る主観的な満足の度合い効用(utility)と呼んでいるのですが、リチャード・セイラーは消費者の効用を、獲得効用と取引効用の二種類に分けて定式化しました。

この効用の2極化は非常に見事な視点、課題の抽象的把握であり、例えばデザイン、開発(フロント)、機能開発、マーケティングと細分化されたある種スタンダードな組織を持ちながら、課題の取捨選択が上手く行われておらずグロースが停滞している現場では、必要不可欠な視点ではないかと考えております。

獲得効用と取引効用

暑い日にビールを飲むためにお金を払う。その対価によってキンキンに冷えたビールが喉を通って全身に溶け込んでいく。ここで得られる満足は獲得効用の範疇になります。しかし、ビールを買った場所が、リゾート地の高級ホテルか、さびれた商店かで、同じ値段でも「得」「納得」「ぼったくり」と感覚が変化してしまうのです。これが取引効用。ヒューマンは常に何かを期待しながら、事細かに評価しているのです。

行動経済学 ビールと効用

獲得効用は追いやすいが

製品を売る際、先ず競合分析を行いながら製品を作り上げていく、という単純な流れがありますが、この際に追加された「機能」そのものが作用するのは、主に消費者の「獲得効用」です。電子ジャーが「ごはんを炊き上げる」、カーディガンを「はおる」という行為のみを切り取ると、ほぼ作用するのは獲得効用です。

現在TPでは、プロダクトグロースにおいて求められるプロダクト領域(主にCPO〜PdMライン)の包括的な評価を一つにパッケージングし、TPの持てる全ての知見・専門性を集約したBeauPointというサービスを展開しておりますので、詳細はそちらで語っておりますが、獲得効用を高めていく部署はどこであるか、さらには取引効用を高めることの出来る部署はどこであるかという、行動経済学の世界では非常にスタンダードな部分が、多くの現場で全く考えられていないという現実があります。

特にCPOラインはCTOやCMOなどと連携していきますが、時間の経過と共にCMOがため息混じりに「マーケ手法は間違っていないのに、しかも機能自体も競合とそう変わらないのに、なぜセールスが伸びないのだ」という壁に直面します。壁というよりは、見えない壁、解けぬ謎とでも申せましょう。

取引効用は気付きにくい

見えない壁は、もちろん商材そのものが、なかなか勝てないものもあるでしょう。しかしながら勝機そのものが確かに存在している場合、その壁となっているのが、消費者に働いている非常にブレ幅の大きいutilityである取引効用なのです。

そしてこの取引効用がやっかいなのは、(あえてリチャード・セイラー氏のような言い回しで述べますと)あちらこちらに「まっとうでない」ほうの情報が溢れているということです。
そして「まっとうな」方法そのものは、日本のプロダクトグロースの現場を例にしますと、CTO(開発のトップ)ではほとんどその存在にすら気付いておりませんでしたし(ここは良いとして、関わり方次第では領域カバーを要求される)CMO(マーケティングのトップ)も前述のようなコメントを残すに至り、本来この領域の知見・専門性を有し管轄するのがプロダクトラインの人材(CPOやPdM)なのですが、効用へのアプローチ:必要な項目をテーブルに乗せ、抽象化〜全体最適を行っているかという点で申しますと不十分な印象を受けました。(プロ視点で申しますと、おおむね下図のようなビジョンになります。)

効用を見極める 協業体制を整える

Appleが世界一の企業になったのはこういったあたりの戦略と分業体制:Co-Operative的な部分を基盤としているのですが、日本はここが非常に弱いのです。(二つの効用に対処する形が整っていない、認識すらできていない状態。)
経験上、日本では比較的新しい部類の役職であるCPOやPdMに配置されている人材も?な方がほとんどでしたし、世にいう抽象化思考やマクロ←→ミクロ観も、知見・経験依存ですので、海外や国内でも流行している(固定化された)フレームワークをそのまま導入したところで課題解決は難しい状況で(頼みの綱としてそのままの形で:カスタマイズなく)導入してしまい、悪循環に陥っていくというケースがとても多いと感じています。

上図をご覧いただくとわかりますが、左がAppleなどのプロダクトラインやマーケティング部門がしっかりと問題に対処し成功を収めた組織と抽象レイヤー。右が知見が不十分であり、プロダクトを掘り下げていく文化がないため、成功へ導くフレームワークの大きな一部分がブラックボックス化してしまっている組織。粒度の大きな課題の取捨選択も"ままならず"、連携という点でも非常に不安定なのがご理解頂けると思います。

このように視野が大きく欠けた状態ですと、なんとなく駅まで歩いていくことは可能でしょうが、高い精度が要求される勝負事には勝てません。不十分であると認識することが物事のスタートですから、認識できないということは、諸要素が(ビジネスでよく使われる表現である)0→1へと高まらないのです。そうなりますと、1→10のフェーズ、もう少しの先のフェーズでも1になりきっていない不完全な部分が足枷となってきます。

さらに、"行動経済学"の観点から申しますと、後述の限定合理性のようなものが個々の人材〜組織全体に働いておりすので、高確率で泥沼化していきます。そうなりますと、優秀な人材の流出なども(付随するように)起こってきますので、多角的に捉えましてもTPの提供するコンサルティングサービスなどでビジョンをクリアにしていくことが大切です。
(→BeauPointで視座を高くクリアに)

取引効用へのアプローチや秘訣の部分は、上記のような組織内で起こってくる問題への対処なども含めまして、BeauPointで提供するサービスのフレームワークに組み入れていますので、そちらに譲るとして、これ以下は様々な書籍やWebページでも知ることの出来る、行動経済学の表層的な部分の情報を何点か紹介していきます。

希望小売価格のワナ

さて(ここからは「まっとうでない」ほうの話になりますが)、皆さんは「希望小売価格」というものをご存知でしょうか。実売価格の上などに(主に比較対象として)記載されているものです。
例えば、洗剤ですとかトイレットペーパーであれば即座に脳内で適正価格が参照できますが、新築時のラグマット、小売店のスーツなどは、判断がとても難しくなります。
そのようなケースでは、売り手が何の根拠もなく高額な希望小売(ぼったくり)価格を設定しても、取引効用が働き(実売価格に対し)「得だ」と認識してしまう時があるのです。

この「希望小売価格」の価格設定、名称や仕組みに関しては(TPの)専門領域ではないため、詳しく正確に知りたい方は他の情報媒体を参考になさってください。

10ドルではなく9ドル99セントで売るのも、お得感を出す伝統的な手法です。コンビニのレジの前にある募金箱に(会計後のタイミングですと)端数の小銭を投じることに躊躇いはあまり起きませんが、商品を手に取る瞬間の判断としてはまた別の感情に支配されてしまうのですから人間はややこしい生き物です。商売人は伝統的にここ(人間の心理、バイアス)を突いてくるのです。

現場でよく依頼されること

リチャード・セイラーがプロスペクト理論の価値関数に衝撃を受けたように、私自身も限定合理性(人間はいつも、すべてのことにおいて合理的なわけではない)を学ぶにつれて、お金に対する意識が"それなり"に変わりました。前述のセールスなどには気をつけようと思いましたし、旅行などは「人間なのだから、思い出に対してエコンのようにふるまうのはおかしい」という感覚も芽生えるようになりました。臨時収入であれ、アフィリエイトでコツコツ貯めたお金であれ、「散財」も「ケチ」もそれなりに抑制出来るようになりました。しかしながら、それ以上に大きく変化したのは仕事での考え方です。

少々品のない実話になりますが、コンサルタントやリードデザイナーとして多くの現場で頂くのが(ベンチマークになっている競合製品と)「同じようなものを作ってほしい」という要望・依頼です。要はパクってでも何してでもとりあえず売るための形を整えたいということなのですね。こういった時はやはり本質的な部分を、建設的にお話しさせて頂くようにしています。
「スピードを!」「成果を!」と前のめりになっていたお客様も、1Q、2Qと進む頃には(前述のような)壁にぶつかり、自ずと「プロダクト感とはどういうことでしょうか?」と尋ねてくるようにもなります。

まとめ:こころのお財布、グロース案件の難しさ

「Buzzらせる」をテーマにガンガンとマーケティングに注力している企業、カスタマーサクセスを信じられないような理由で新設している企業など、現場現場で様々な取り組みを見てきましたが、人間のココロほど不安定で移ろいやすいものはないのですから(もちろん前述のぼったくり価格一つをとりましても、一度は判断基準として用いてしまったこともあるでしょうが)、実際のところは小手先のテクニックではほとんど実になりません。

例えば、モーツアルトのシンフォニーが長い期間人々の心を掴んで止まないのは、頭のテッペンから足の爪先まですべてが本質的であるからです。1、2小節マネして作りましてもその後が続かなかったらメッキが剥がれてオシマイです。これは製品のグロースでも同様だと思います。本質的な底上げがあって、そしてそれを維持してこそ、消費者の「移ろいゆくココロ」にある程度寄り添い、自社製品のライフサイクルを伸ばしていくことが出来るのです。

念を押しますが、やはり専門分野は深いです。
多くの現場の担当者が「ちょろっと済まそう」と思っている分野(本ページではプロダクトラインのお話をさせて頂きました)が、皆さんが考えている以上に広大、深遠であるということです。プロの目で分析しますと、お客様の戦うフィールドの一分野(広大なマップ上)に様々な問題が潜んでいます。このギャップ(お客様の認識と実際の問題点)もとても大きいです。

ビジネスの成功も、人材ありきです。消費者も人、作る側も人です。プロダクトグロースにおいて取引効用を"まっとうな"方法で高めていく方策を知りたい方は、ぜひお問い合わせください。
→プロダクトラインの画期的なコンサルティングサービス:BeauPoint(ビュー・ポイント)