Psychology - 2020 -
後知恵バイアスとは、人が何かが起きた後でそれが当然の結果だとまでは思わないまでも、あたかも自分は前もって「そうなのでは」と予測していたかのように考えてしまう傾向のことである。(引用:行動経済学の逆襲)
行動経済学という分野でノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラーは、ダニエル・カーネマンの「不確実性下における判断、ヒューリスティックとバイアス」というサマリー論文に衝撃を受け研究分野を限定していったそうだが、まだセイラーがカーネマンの名前すら知らなかった1976年当時、カリフォルニア州モントレーのとある会議に出席したのだが、そこに同席していたのがイスラエルのヘブライ大学でダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーの助手を務めていたバルーク・フィッシュホフという心理学者だった。人間の意思決定を得意領域とするフィッシュホフが提唱していたのが後知恵バイアスである。
行動経済学のバイブルであるダニエル・カーネマンの著書「ファーストアンドスロウ」においても、「わかったつもり」という章でハロー効果とともに、この後知恵バイアスが紹介されている。
世界は必ず筋道が通っているという心楽しい信念は、盤石の土台に支えられている。その土台とは、自分の無知を棚に上げることにかけて私たちはほとんど無限の可能性を備えている、という事実である。(同著より)
人間の脳の一般的な限界として、過去における自分の理解の状態や過去に持っていた自分の意見を正確に再構築できないことが挙げられる。新たな世界観をたとえ部分的にせよ採用したとたんに、その直前までどう考えていたのか、もはやほとんど思い出せなくなってしまうのである。(同著より)
賛否両論が相半しているような問題、たとえば死刑の是非などを取り上げ、被験者の意見を見極めた後、説得力のある死刑賛成論または反対論を聞かせ、その後にふたたび意見を確かめると、被験者の意見は説得力の説に近づくことが多い。最初の信念を再構築するように指示された被験者は、結局現在の意見で間に合わせた。しかも多くの被験者が自分が当初そう考えていなかったことを認めようとしなかった。(同著より)
なるほど、言ってみれば人間の大半が「おめでたい」種なのかもしれない。このバイアスにいち早く注目し実験を行っていたのが、前述のバルーク・フィッシュホフである。この強烈な認知的錯覚を、1972年のニクソン大統領のソビエトおよび中国訪問に際して検証したが、「私はずっと知っていました」効果が働くという点では当時も結果は同じだった。
リチャード・セイラーは「行動経済学の逆襲」においてビジネスの場におけるCEOの意思決定時に形成される状況の難しさを語っているが、ダニエル・カーネマンは「後知恵バイアスが残酷に作用する人」リストにCEOや政治家のみならず、野球の3塁コーチも付け加えているのが面白い。優れた判断はほとんど評価されないのに、一つのミスにファンは痛烈である。2019年のプロ野球において得点の一番少ないチームは阪神タイガースで538点だった。一体何回くらいの本塁憤死が起こったのだろうか。人気球団だけに巨大な「後知恵バイアス」が野次となって3塁コーチに降り注いだのは想像に難しくない。