サティスファイサーとマキシマイザー

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UIUXBusiness完成度とユーザー満足度のブレ幅

UX Designer - 2020 - Three Philosophers

プロダクトの品質向上はもちろんのこと、費用対効果という命題にも迫られながら、製品を売れる仕様にするべく様々なアイディエーションを行っていると、遅々として進まなかったり様々な迷いが生じる時がある。特に、売れる見込みのない(言葉は良くないが中途半端な)プロダクト作りの案件に途中から参画した時に起こりうる停滞は何とも言えない。「はじめから自分が設計に携わっていたなら、どれほど良い製品になっていただろうか」という思いを心に忍ばせながら策を練っていく。

こんな時一つの指標にしたいのが、1956年にハーバート・サイモンがsatisfyとsufficeをかけ合わせて作ったsatisficingという考え方だ。今回はこの、人は最善の選択肢ではなく、満足できる選択肢を求めているという心理に注目してビジネスとデザインのあり方を考えてみよう。

ユーザーと我われの意思決定

スティーブ・ポーチガルは著書「ユーザーインタビューをはじめよう」の中で次のように述べている。「デスクトップ上にある整理されていないMP3ファイル、はまりの悪い食品保存用の蓋、絡まって長さの足りない接続ケーブルは、どれもそこそこという満足化の例だ。言い換えるなら、人は問題がもたらす痛みよりも、問題を解決する労力のほうが煩わしいと思うものなのだ。あなたがニーズと認識したことは、もしかしたら顧客にとっては問題なく容認できることかもしれない。彼らは食品をしっかり密閉できる容器に入れたいと思っているだろうか? もちろんだ。ではそのためにちゃんと手間ひまをかけるだろうか。多分かけない。」

これはユーザー心理に加え、製作者側の姿勢にも一石を投じている良い文章だと思うので、折を見て現場で紹介することがある。もっとも問題は、受け手側と私との技術格差が激しく「手抜きしても良い」といったような間違った意味で捉えられてしまう点だろう。 手抜きなどはどの場面でも行うことはない。戦略と課題のページでも述べているように、UXデザインは経験則のみならず、堅固な方法論・フレームワークに支えられているものだ。

ただし、冒頭で述べたように、限りあるリソース・時間に追われた中での一手は、思い切りよく選択を行う必要がある。このDecision-Making(意思決定)のヒントになるのが、ポーチガルのような実践を重ねてきた人物の言葉や、行動経済学系のファクトである。

サティスファイサーとマキシマイザー

商品購入時などの意思決定のプロセスに関しては、異なる2通りの人間像が定義されている。一人はマキシマイザーと呼ばれ、「最良の」オプションを見逃すのを恐れて、可能な限りのオプションを執拗に調査するタイプの人。もう一人は少ない調査に基づいて迅速な決定を行うサティスファイサーだ。また、サティスファイサーはマキシマイザーよりも自分の決定に満足する傾向があることが研究によって明らかにされているという。これは売る側としても都合が良いし、一個の人間としてもそう(サティスファイサーのように)ありたい。

ユーザーインタビューのページでも述べているが、人はサービスや製品を、100パーセント喜んで受け入れるとまではいかなくても、一定の品質を満たしていれば寛容でいてくれる。何らかの関数があって、80パーセントの満足度を100パーセントまで引き上げるのに多くの時間を要するなら、それは後回しにしても良いのではないか。

もちろんサティスファイサーたちの基準も低くはない筈だし、本来サティスファイサーに属する人が、マキシマイザーに変化することもあり得る。電源タップと車を買うのは全く違うし、年額50,000円のソフトウェアと500円買い切りのアプリではやはり違う。また、年齢とともにサティスファイサーからマキシマイザーに変化していくというデータもある。これも精神面が変化するのか、そもそもの購入対象が高価なものに変わるのかという問題もあるが、意思決定の特徴という点で、この一連の心理的傾向は大いに参考にしたい。

もったいないを改めよう

そのメッセージング手法により、最近では日本でも(カーネマンやリチャード・セイラーよりも)有名な感のある、ダン・アリエリーもこの「選択における躊躇の代償」に早くから注目していた。2008年のニューヨークタイムズ誌の記事でもゲームを使った実験が紹介されていて、マキシマイザーになりがちな人間の心理傾向に注目しながら深掘りを行っている。要点は「大した差の無いものを、時間をかけて比較検討するのはもったいない、その時間でいったいどれくらいのことが生み出されよう」ということである。

たしかに私自身も、プロスペクト理論をはじめ、行動経済学を学ぶようになってからは、ビジネス上でも大いに役立ったし、人生の面でも「もったいない」考えが少しずつ減ってきているような気がする。

ナッジをはじめとした行動経済学系のアイディアは、使い方さえ間違えずユーザーフレンドリーな設計の扶けとして用いると、施策上で大きな効果が上がることが多い。もちろん熟練したデザイン技術と組み合わせれば、という限定的な話にもなるが、CVRなどが目に見えて向上するのだ。時に胸が苦しくなるようなグロースハック系の施策とは違い、ユーザーが満足していく過程を最適化する作業なので気分も良い。

まとめ:戦略の一つとして

費用をかけた分、売らなくてはならない。これはビジネスの命題だ。 こういったページを読んだ後は、 フランスの思想家であるヴォルテールの「完璧は善の敵である」というような言葉(甘いささやき)も脳裏をよぎり、最大公約数的なソリューションに頼りたくもなるかもしれない。

しかしながら実際のプロダクトデザインの世界においては、まず第一にカスタマージャーニーマップユーザーストーリーマッピングといった手法を用いて、ユーザーの行動分析をしっかりと行っていかなければならない。そうした一連のUXデザインの過程を踏んだのちに、立案した戦略・戦術が、ユーザーのみならず自分たちにも都合が良いかを見極めながら、必要であればサティスファイサーなどの心理的側面も議論のテーブルに乗せていけば良い。モノツクリはそんなに甘くはないのだ。